安本丹のニュースうそだったのか!!
プロローグ大学教授でジャーナリストの下池彰氏がオミクロンに市中感染という噂になってテレビ旭から急遽安本へのオファーがあり冠番組の『下池彰のニュースうそだったのか』に代役として大抜てきされた。
しかしながら放送内容は未定で白紙の状態だという。
幸い次回の放送分はすでに収録済みでしかもその次の司会進行役は合気道倫という警察庁外郭団体幹部らしい。安本も彼のプロフィールは存じている。
安本の役目は番組の構成の依頼ということだ。要するに放送作家としての起用である。
テーマは医療現場で働く人の金銭感覚ということで出演者は全てS病院関係者というわけで渋々承知したギャラなしで。
ギャラなしでというのがミソでギャラが払えるならテレビ旭も安本なんぞを起用しないのだが年金生活の彼にはギャラは支払わなくてもいいと軽く見られているフシがある。
第一章
N町の朝は早い。
安本は閑古鳥のさえずりで目が覚めた。
朝食は同居の姪が用意してくれたお徳用インスタント味噌汁、ウインナー、目玉焼き、筋子、
いつもこんなものである。たまにトーストに、いちごジャムかマーガリン、納豆、つくだ煮海苔。
安本は自室にてオンデマンドで昨日放送された下池氏の番組を視聴した。
改めて分析してみると下池氏は元MHKの局アナだったことからして特技が語尾を曖昧にしてゲスト出演者や視聴者たちを煙に巻くというトーク術に長けているが出演者や視聴者が話を正確に聞かないで勝手に解釈するのが悪いのである。
日本では首相も変わり経済も令和時代に浸透しつつある。
昨日の番組のクライマックスは給料がなぜ上がらない？というディスカッションをされているみたいでしたがそれもまた下池氏の伝家の宝刀のレトリックで安本が種明かしをすると雇用主側から見れば給料は損益対照表上、費用に該当する訳でつまり地代家賃や水道光熱費と同じ分類になっているのである。
給料だから収益だと勘違いしていませんでしたか？収益の逆ですね。
つまり一般家庭の主婦が電気代や水道代を節約するように雇用主が支払給料をセーブするのは当たり前のことです。
仮に給料を増やせば会社の経営成績は悪くなるのです。たったそれだけの事なのに話を作り変えて番組を盛り上げないと安本に仕事が回ってこないとは何とも因果な商売である。
そういえば今日は訪問看護の日だった。
今は夏だが冬はここまでの道のりが大変だろうな。そういえば以前タクシーの運ちゃんがスタッドレスタイヤのことをスタントレスと言っていたのを思い出した。間違っていたわけではなくスタントは嫌だという気持ちを込めておやじギャグを言ったのだと後になって気付いた。
「こんにちは！シモキタです」
部屋に入ると早速、血圧、体温、脈拍を測定し「体調はいいですか？」と尋ねられたのに対し「体調が悪いから訪問看護サービスを利用しているでしょう」と言いたいところを必死にこらえて「頭が悪くて…」と何とか誤魔化した。
「そういえばS病院の合気道倫さん、今度テレビに出演するんだってね？」
「ウッソー、ホント、カワイイ」安本は極めて深刻ぶった顔つきでトボけた。
シモキタさんは『下池彰のニュースうそだったのか』を毎週欠かさずに観ているという。すっかり下池さんを信じ込んでいるようだ。
シモキタさんが帰った後、安本は例の番組の構成について苦慮した。まさか今までの番組は全部嘘でしたとホントの事も言えないし騙し続けるのも楽じゃない。
彼はアイキンマンに電話でアドバイスを求めた。
アイキンマンは「番組で、それとなくホントの事を公表するべきだね、それとなくね」と一言
「私も同感です」安本は相槌を打った。
原稿の締め切りも近いというのに暢気な安本は自宅でトゥルースリーパーに横たわりABCの『ジミー・キンメル ライブ』を観ながら雪見大福を頬張っていた。
彼は、海外のTVを視聴するandroidアプリの『VMAX TV GO』の愛用者なのでアメリカのABCはよく観る。
英語は断片的に分かる程度で聴き取れていてもその英単語の意味が分からない場合も多々ありその度に電子辞書を引くのに手間取って会話の流れに乗れないので苦肉の策として頭の中で音声と映像を合成してイメージを醸し出して海外の雰囲気を楽しんでいるといったところが実態である。
しかしながら徐々にアメリカのテレビ番組を通してアメリカ文化が身についてきたというよりアメリカ番組に慣れ親しんだというべきか。
クイズ、バラエティー、ニュース、天気予報、ドラマ、ミュージック、もちろんABCは民放なのでコマーシャルもある。
『VMAX TV GO』はアメリカ以外も含めると8,000チャンネル以上が楽しめるとの謳い文句だが,生憎、英語だけは字幕も出るし安本にも多少馴染みがあるのだが石油で儲けているお金持ちのイスラム教徒の視聴者が多い為かアラビア語のチャンネルがかなりの数を占めている。次に多いのが英語でアメリカ、カナダ、イギリスといったところだが何故かオーストラリアはその中に含まれていない。
なんとか放送原稿を書き終えテレビ旭の土居中編集局長にFAX送信を終えたのは締め切りの三時間前だった。
主な内容は次に述べる通り充実した内容になっている。
1．お金とは物体としてのみ成り立っていると誤解されていらっしゃる方が多数いますが国家の法に則り巧妙に管制制御されている物理的な価値が全くない一時的な証憑書類である。
お金に関して法的な縛りが全くなかったら仮に10万円札という高額紙幣が印刷されたとしてもその紙切れ分の価値しかない。
だから日本円での徴税、罰金刑、保釈金、はたまた政府による財政出動、地方自治体への地方交付税、低所得者への給付金、その他諸々全て日本円でバランスを保っているのです。
ですから皆さん必然的にお金が欲しくなる。例えば、あなたが仮に現金10万円持っていたとします。
しかしながらその１万円札10枚の物質的な価値というのはゼロに等しく製造原価よりも価値が低いです。
物理的価値は偽札と全く同じですからね。では、本物のお札と偽札の決定的な価値の違いはというと本物の日銀券は後ろ盾として元手になる日本国債が日本銀行の資産として保有してあるところです。
ですから金融機関が国債若しくは日銀当座預金と交換した日銀券即ちお札は国債の借用証書に該当する訳で日銀が所有している分につきましては日銀の資産ですがそれ以外の個人及び法人の所有分につきましては日銀にとっては負債に該当するのです。
その確かな証拠に民間銀行への普通預金があります。預金残高というのは銀行側から見れば負債になるわけでその反対側の資産である借用証書が必ず必要になります。
預金という行為は顧客側から見れば日銀の借用証書を預けてその分だけ通帳の預金残高を増やしてもらっているのです。
つまり銀行に借用証書を書いて借金するのとまったく同じことなのです。ただ日銀の借用証書と違い、預金した金額を引き出し現金化してたりローンを組んで返済に回したらしたら当然のことながら状況は一変して金利を払わなければならなくなります。
政府は国債を発行しその代わりとして民間金融機関の日銀当座預金と交換する。次に償還期限が来たり買いオペを行ったら日銀が国債を額面価格または時価で日銀当座預金を増やすか若しくは新たに紙幣を印刷して交換処理する。ということは金利が上昇するのは国債の市場価格が一因に他ならない。
そのうえ、お札は政府が国債を発行することでのみ増えるということである。社会全体にしてみればお金は狸の葉っぱのようなものではないでしょうか？もちろんですが国会議員や政府の職員と言えど残念ながら一個人が自由に操作できるものではないです。
2．貸借の記録としてのお金、つまり貨幣以外のお金とは、預貯金、公社債、借用証書、有価証券などがある。
もっとも硬貨は所有者の資産とされるが紙幣は所有者の資産に変わりないが、なんと日銀にとっては負債に該当し日銀の借用証書なのです。
つまり紙幣は日銀にとって永久的に返さなくてもいい負債なのです。
仮にどうしても紙幣をほかの者に代えてほしいと銀行に持っていったら預金すれば通帳の預金残高が増えるだけで、お終いです
因みに何の借用証書かというと正確には政府が発行した国債の借用証書ということになります。
かつては金本位制という制度がありお札の裏付けに、金（きん）が存在していたそうで兌換紙幣と呼ばれていました。それに対して今のお札は不換紙幣。銀行にお札を持って行っても金（きん）どころか何とも交換できないが国債の借用証書として銀行に預け同額の預金残高を増やすことができる。
現金の他、預貯金や公社債も数字でデータ化され、所有者に管理能力があればお金として機能します。
3．マネタリーベース、マネーストックは、国債発行残高が増え続けると比例して増えるので、一時的な決済でしかないキャッシュレス決済がいくら普及しても現金への依存はさらに需要が増す。
キャッシュレスはまず現金をチャージしなければいけないからあたりまえのことですが。
4．京都市が財政破綻なんて普通に考えたら素人考えでも絶対起こり得ない。借換えを繰り返せばいいだけだから。どうしても財政再生団体になりたいのなら話は別だが。
収録は大団円に終わった。
後は編集してオンエアするのみである。
突然部屋の電話が鳴った。
安本は子機を手に取り通話ボタンを押した。
アイキンマンからだった。
彼の話によると番組がオンエアされて物凄い数の反響があって暫く病院に通勤しないで欲しいと友田先生から有給休暇を頂いたうえインターネット競馬でもしてお金を使ってくれと100万円渡された。儲け話があったら教えてほしい。では、と言って一方的に電話を切られた。
なんてことだ、こんなことがあっていいのか？テレビ旭からもたんまり貰った上に友田先生からも・・・。
こちとらネタを提供したのに一銭も貰ってない。
まっ、いいか元が掛かってないし土居中編集局長から次回のオファーも取り付けたことだし。
次の訪問看護の日、シモキタさんが「番組見たでしょ、合気さん、随分経済にお詳しいのね医療関係ご専門だと思っていたのに、ひょっとして財務省の回し者かしら」