それ行け安本丹

この小説はフィクションであり登場する人名、地名、団体名および固有名詞は全て架空の存在です。

 

 

 

プロローグ

 

 

 

「アンポンさん処方せんはお持ちになっておいででしょうか」
天使のような微笑みを浮かべて恭しくエラリーさんは囁いた。
安本丹は狼狽えた。一瞬正体を見透かされたかと震え上がった。
「ぼくの頭食べていいよ」極めてとんちんかんな回答であるが、これはアホトキシンの効果が作用したものである。安本は必死に平静を装い薬局の窓口で院外処方せんを差し出しながら、漫画家のやなせたかしさんの人気アニメキャラクターの名台詞を吐いた。
友田先生から処方して頂いた『アホトキシン4869』の効き目が薄れてきたが最後の力を振り絞ってアホになりきって会話をはぐらかし「バイバイキーン」といつもの決まり文句を言うと脱兎のごとく件の薬局を後にしてアーケード商店街内の「理容ソバージュ」の店内に入って暫く待つと「7番の椅子へどうぞ」と案内された。

 

 

 

7番のセットチェアに腰を下ろすと待たされること5分程の繁盛ぶりだ。「髪型はどのようになさいますか?」いつもの理容師の問いに「前借りで」彼がいつものようにおやじギャグで応えると前出の男性理容師は「以前はあったんですけどねぇ…」と、残念そうにボヤいた。
「そうですか、それはさぞ残念ですね。では山狩り」安本は性懲りもなくおやじギャグを連発。
「かしこまりました。長さはどれぐらいに致しましょうか」
「いつものようにワンレンボディコンでお願いします」
結局いつもの坊主頭、これで一ヶ月は保つだろう。薬を受け取りに再び薬局へと急ぐ。
やばいアホトキシンの効き目が既に切れている早く薬局へ・・・。

 

 

 

「こんにちは安本丹です先程のお薬は出来ていますか?」
「お待たせ致しました今回は70日分ご用意させていただきましたが体調とかお変わりございませんか?」エラリーさんが尋ねた
「70日という事はええと…10週間分ですね?いやぁーダルくてダルくて」
「では次回診察にいらっしゃった際に先生におっしゃって頂ければ宜しいかと存じます。」
急いで精算を済ませると「それではお大事に」とエラリーさんは微笑んだ。
「ありがとう」安本は踵を返した。

 

 

 

彼は近くの商店街の駐車場に戻ると3ナンバーのホンダゼットの運転席にスルリと滑り込みシートベルトを着用。ハンドルを握るとおもむろにアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

第一章

 

 

 

風が語りかけます。うまいうますぎる十万石饅頭
埼玉銘菓、十万石饅頭
というのは地デジ3chでオンエアーされているCMだが9chでは、初音ミクの手を洗いましょう。がしきりにオンエアーされている。
東京新聞のCMのキャラクターのカワウソ君、カッパ君は岩手県出身の漫画家、吉田戦車さんの作品らしい。

 

 

 

安本はトゥルースリーパーに横たわり暢気にオンデマンドで先週の金曜の夜の『5時夢』を観ていた。最近MCが入れ替わったのと新番組NEWS FLAGも始まり首都圏では情報ソースの選択肢が大幅に増えた。

 

 

 

彼の今日の予定は13時30分から訪問看護という事になっているので急いで窓辺のカメムシの死骸を庭帚で念入りに掃き掃除した。
これでよし。安本はマルちゃんの緑のたぬきに熱湯を注ぐと2〜3分後ふたを開け一気に胃袋に流し込んだ。
「風が語りかけます。うまいうますぎる緑のたぬき
東洋水産、マルちゃん緑のたぬき」字余り、というより単純すぎるパロディーである。
そんなこと考えている場合じゃない急いでカップ麺の容器を片付けロッテ・ショコラなパイの実を平らげた。おいしいものは独り占め。深〜いカカオの味わいがした。
そうこうするうちに7chで昼めし旅が始まった。まだ時間に余裕があるのでシャワーでも浴びるかと思い立ちバスルームへ。
安本は慌てた。食後のアホトキシンを飲み忘れていた。風の組織S病院で処方された特注品である。一般の熟年男性が、これを飲むと体はオッサンのままで脳は小学生に若返るという。
もちろんですがアホトキシンというのは一般の病院、薬局では、取り扱ってございませんので決して探さないように。     
実は安本丹の実年齢はアラカンだが彼は特殊な頭脳の持ち主で精神年齢が推定二百三十歳という驚くべき能力を身に付けてしまったのである。その秘密を知っているのはS病院のヘッドシュリンカーである友田文衛門博士だけだ。勿論、安本もそのことは知らない。
従来のIQとは精神年齢÷生活年齢×100で表される。そのため彼のIQは230÷60×100=383…。
途方もない数字である。
だからこそアホトキシンというクスリの力を借りて精神年齢を下げる必要があるのである
突然電話が鳴った。安本はゆっくりとした動作で子機の通話ボタンを押した。
友田博士からだった。
博士の話によると現在の老朽化した病棟を最新の免震構造の地上6階建ての近代的でゴージャスな病棟にリニューアルする計画が水面下で着々と進行中だとのことである。何でもスイスにあるチューリッヒ市の大富豪の篤志家のご子息が友田博士のご令嬢を見初めて近々ご結婚することが内定し病院の建造費用にと100億円を寄贈されたとのこと。
どおりで普段、仏頂面の博士が最近は診察の際に見た限りニコニコしている訳だ。安本は納得した。

 

 

 

暫くして『訪問看護ステーション北上』の看護師さんが家にやってきた。
「安本さん暫くですねぇ訪問看護ステーション北上のシモキタです。その後体調はいかがですか?ショートステイの方は毎週真面目に通っていますか?」
そんなに一瀉千里に言われても大量のアホトキシンを飲んだ直後なので精神年齢15〜16歳の状態では「ありがとうございます。毎日一所懸命通っています」とアホな返事をするのが精いっぱいで話が噛み合わない。
「そういえば、大量に安置されていたカメムシのミイラ状のご遺体が見当たらないんですけれど、まさか空腹のあまりお召し上がりになったとか…」とシモキタさんが怪訝な顔をして呟いた。
「まあコーヒーでもいかがですか」インスタントのスティックコーヒーを勧めると彼は続けて「あの時点では病院で医者に診ていただいていなかったので死亡宣告がなされてなかったので正確には心肺停止状態だったのです。後日、カメムシ専門の昆虫クリニックで昆虫医により死亡が確認されカメムシのご遺体は先日、合同葬儀が近親者のみで執り行われ荼毘に付されました。初七日も滞りなく済みご位牌とご遺影は仏壇に祀っております納骨は四十九日だから、ええと…アーメン・レーメン」
彼は一世一代の大嘘をこいた。
安本の大嘘をすっかり信じ込んでしまったシモキタさんは薄ら涙を浮かべて「死因は何だったのでしょう」
「おそらく…」彼は勿体ぶって「痴情がらみの殺しですな」と呟いた
それが事実なら史上稀に見る大量殺虫事件という事になる。
「警察は動くでしょうか?」シモキタさんはシリアスな表情で安本を見た。
「ここだけの話だが、すでに警察庁公安課の秘密警察が水面下で活発な動きを見せている犯人、いや犯虫は生きていれば、いずれ身柄を確保されるだろう」
安本も自分でもどこまで本当でどこからが大ぼら吹きなのか分からなくなってしまった。
シモキタさんが帰った後ふと秘密警察というフレーズが脳裏を過った。
秘密警察、正式には国家公務員ではなく独立行政法人国立警察機構秘密警察というのが正式な名称だ。しかし法律上は、公務員と同じ扱いを受ける。
その日のローカル・ニュースでもカメムシの大虐殺の話題は報じられなかった。
マスコミはまだ嗅ぎつけていないらしいようだ。
安本は薬局のエラリーさんが妙に気になる。間違いなく感づいているな。丹が過去に私立探偵をしていたことを。
安本が立ち上げた事務所は表向き普通のやきとり屋に見えるのだが、その実態は夜逃げの手伝いを生業としていた。
安本探偵事務所というのが正式名称だが何故かアンポンタン事務所と呼ばれるほど探偵とは程遠い仕事だった。
ひと言でいえば、いわゆる夜逃げ屋。
夜逃げといっても千差万別で借金、ストーカー、別れ話のもつれが原因の逃避行など警察が取り合ってくれない仕事を専門にしていた。
もとろん、日本ではテレビドラマや推理小説の探偵のように刑事事件には介入できない。あれはあくまで海外の探偵小説の模倣をしているだけで警察と探偵が協力して事件を解決するというのは日本では全くのフィクションの世界でのみ成立する。
男ならここで逃げの一手だけど♪といったフレーズの歌が大ヒットしたが危なくなったら逃げるのは動物の本能である。不景気な今だからこそ絶対成功するビジネスだ。

 

 

 

まずは潰れかけたやきとり屋を装い人通りの少ない路地裏に事務所を構えた。
木造二階建て店舗兼事務所。
そこにひとりで寝泊まりして普段はやきとり屋といっても全く儲けは期待できない商売で、それもそのハズ彼の店は風営法上酒類を提供できないのである。
やきとりと言っても輸入の冷凍ものでタレをつけて焼くだけのきわめて手抜きというか横着で一本290円という高価格設定である。しかもタレも市販の安価なペットボトル入りのタレでやきとり10本当たり5円ほどで細かく計算してみると完成品の原価が1本当たり7円程1日平均100本しか売れなかったとしても(290円-7円)×100=28,300円
月に20日間営業したとして566,000円地代家賃が月に35,000円 水道光熱費が20,000円 トータルして月50万円(年6,000,000円)だから確定申告して所得税を納税しても相当の利益が期待できると捕らぬ狸の皮算用だが彼には自信があった。

 

 

 

数年後、彼の予想通り店は濡れ手で粟のぼろ儲け。家主から店舗を買い取らないかと商談が持ち込まれた。
破格の150万円だったので彼は二つ返事でオーケーした。
ところでそんな割のいい商売をしているのに何故夜逃げ屋なんぞを始めたのか。
それには深いわけがある。
後日、元家主が報酬100万円払うから夜逃げを手伝ってほしいと依頼してきたのである。店舗を売却した残りの50万円は費用に充てていいと合わせて150万円
訳は聞かないで黙って引き受けて欲しいと頼み込まれた。
どうやら女性関係で失敗したらしい。
安本は元家主の身の上を替え歌にしてみた。

 

 

 

買って、にしやがれ
もし俺にお金があって欲しい物買ったなら
やっぱりお金は出ていくんだな。

 

 

 

悪い女(ひと)ばかりじゃないと思い込み、カネ預け
鞄に詰め込む手配はしてる。

 

 

 

ひったくりなら幸せになる訳がなーい
戻す気になりゃ、いつでもおいでよー。

 

 

 

せめて少しは弁護付けさてくれー
寝たフリしてる間にしてしまった事
アーアーアーアーア
アーアーアー

 

 

 

極めて意味深長な替え歌である。

 

 

 

 

 

要するに元家主が下心丸出しで女に騙されて金を持ち逃げされた上に寝たふりしているとも知らず彼女のベッドに忍び込んだことで恐喝されて泣き寝入りでは済まされず夜逃げしようという事になったとか。

 

 

 

それで、奥さんにも家族にも言えず夜逃げを依頼したのか。
なるほど、話の筋はとおっている
そこまで秘密を打ち明けられたら後へは引けなくなった。

 

 

 

決して同情はできないが夜逃げする気持ちもわかるような気がした。
安本は以前、大手の運送屋で働いた経験があり、そのコネを利用して運転手、車両運搬具を手配した。
大掛かりで綿密な計画が功を奏し元家主は逃げ切ることに成功した。
あとは、役所で転出届、転入届を行い運送業者に口止め料と成功報酬として100万円を預金口座に振り込だ。
その後しばらく間を置いて彼は夜逃げ屋を廃業した。

 

 

 

第二章

 

 

 

話は変わって今日はS病院の通院日ということで愛車のゼットでM市に向けて加速した。
2月も末となると寒さが身に染みる。安本はセーターにジャンパーを着こみヒーターを最高にして寒さをしのいだ。
急峻で曲がりくねった細長い坂道の上にS病院は聳え立っているS病院院は新たにメインの病棟をA病棟に変貌させていて、さながら高級ホテルのような外観である。
内装も白を基調としたトータル・カラーコーディネイトで落ち着いた雰囲気に統一されている。
安本は受付を済ませると待合室の座り心地のいい椅子に腰を下ろした。
待合のロビーの傍らには小ぶりなグランド・ピアノが設えてあり、自動演奏でベートーベンの月光が心地よく響き渡っていた。
検温と体重、血圧を測定し、しばらく寛いでいると看護スタッフに呼ばれ診察室前で待つように促された。
まもなく、診察室に案内され、中に入りお決まりの挨拶をすると友田先生が深刻ぶった顔つきで「じつは、急な話なんだが君を入院させなければいけなくなってしまったんだ」
「で、容疑というのは?」
「いや、まだ容疑者という訳ではないが…」
友田先生は奥歯にものの挟まったような口ぶりである。
「心当たりあると思うが公安が動いている」
「・・・」
シモキタさんが喋ったな。
安本は観念した。
「しばらく、うちの病院で匿っておくので安心していたまえ。家族には私から連絡しておく」
後のことは病院と家族が相談して決めたらしく病棟内に案内されるなり誓約書みたいな書類に署名、拇印をさせられ病室に通された。

 

 

 

案内された病室は個室になっていてベッドはなんとパラマウントベッドという贅沢さである。
県内最大級の精神病院で体育館まであるので安本はここでしばらくほとぼりが冷めるまで頭のリハビリには格好の場所であると腹をくくった。
入院してのファーストインプレッションが、ここは本当に精神病院の閉鎖病棟なのかと首を傾げた。それぞれ訳あっての入院だろうが至って明るくて頭脳明晰な人が多いのには驚かされた。多分、自分も含めて紙一重なのだろう
若いペーシェントの割合も多く安本の頭の中で精神病院の概念が完全に崩壊した。
取り敢えず友田先生がいいよというまでこの病院に潜伏してと腹を決めた。
その日のお昼の病院食はカレーライスといっても大きなエビフライが2本も付いた豪華版で、そのほか野菜サラダと飲むヨーグルト。
飲むヨーグルトのパックに種類別、乳飲料と表記されていたのを見て安本はこれが入院料か安いもんだなとアホなことを呟いて顰蹙を買った。

 

 

 

彼の入院した病棟のホールには壁一面にマグネットで掲示物が貼り付けてありテレビを観たり食事、将棋やオセロ、トランプなどもスタッフ・ステーションで貸し出していて開放的である。
掲示物の中には病棟の日課表が張られていて、それによると平日の午前と午後は作業療法士による作業活動があるらしい。

 

 

 

作業療法といっても様々で趣味、卓球、音楽療法、体育館スポーツと多岐にわたるようだ。
入院した午後から早速作業活動とは…。入院患者なんだから休ませて欲しいのだが、そうもいかないらしい。

 

 

 

初めての作業療法の時「安本さん、初めまして私が作業療法士の合気道倫です。」倫さんが作業療法についてかいつまんで説明し、もしわからないことがあったら遠慮せず質問してくださいと前置きして、興味のある作業を選ばせた。
安本は、いつしか暇つぶしにといった軽い気持ちでマルマンのスケッチブックを用意してもらい傍らにある書棚から週刊誌の著名人やファッション雑誌のモデルさんの似顔絵を作業療法中に描くことを作業活動の日課としていた。

 

 

 

 

 

結局、友田博士の杞憂に終わり何事もなかったかのように新聞、テレビではカメムシの大虐殺のニュースは報道されなかった。
頃合いを見計らって退院ということになったのだが、しかし、世の中そんなに甘くはない。
退院したら、自宅には戻れずグループ・ホームに送られることが秘密裏に計画されていることを知らされたのは、退院予定日が決まった日のことである。

 

 

 

友田先生によると、いつ秘密警察がガサ入れにくるかもしれないという事を懸念してのことらしいが狸に化かされているような気がした。
病院の車で自宅まで行くと布団だけ車に積み込んでグループホームへとまっしぐら。
つけられている秘密警察か?。

 

 

 

安本は気配を察した。
ここはしばらくグループホームに避難するべきか逡巡した。
グループホームも築半年も経っていない最新の建物で障がい者施設と併設され安本は日中は施設で、午後3時半過ぎからグループホームに歩いての移動の毎日を繰り返す。

 

 

 

その生活も一年もした時か、また入院。
それが私の癖なのかいつも目覚めれば病院
まるで歌のセリフのように毎年恒例の入院。
いつしか安本は心ならずもS病院のレギュラー・ペーシェントの地位を不動のものとした。

 

 

 

その後、安本はグループホームから離脱した。
こうなったら真犯人を捕まえて身の潔白を明らかにするしかないと彼は心に誓った。

 

 

 

Z世代でもないのに安本はtwitterで情報収集を始めた。
ハッシュタグは#カメムシ
一か月に及ぶ執拗な情報収集の結果、カメムシ界の代貸、つまり賭博集団のナンバー2とコンタクトをとることに成功。
その名もカメン倫だー
なんとS病院の作業療法士の合気道倫さんではないか。
作業療法士は世を忍ぶ仮の姿。

 

 

 

安本は#カメン倫だーで検索してみた。
しかし、空振りに終わり、次は#カメン徳だーで検索。
2件ヒットした。どうやらカメン徳だーには1号と2号がいるらしい。

 

 

 

調べてみるとなんと1号と2号は友田先生とその兄、邦衛門さんだったのである。
真犯人は友田一族か?どちらが1号だろう

 

 

 

多分順番から行くと長男の邦衛門さんが1号だろう。
しかしながらtwitterだけでは決定的な証拠に欠ける。
まずは卍固めならぬ証拠固めだ。

 

 

 

安本はIPTVでCWの2BLOKE GIRLS を観て微睡んでいた。
アメリカではIPTVのストリーミングはイリーガルらしいが彼はそんなこと全く知らないのである。
現にVPNの設定によってはIPTV SMERTERSが映らないのはその為か。
ここは日本なのでIPTVも合法なのかお金さえ払えばちゃんと映る。もちろん無料の物もあるにはあるが最近は、めっきり数が少なくなってきた。
2BROKE GIRLSは、日本ではかつて『NYボンビー・ガール』としてdtv、U―NEXTで配信された。質素な家庭に生まれたマックス・ブラックと裕福な家庭に生まれたが無一文となったキャロライン・チャニングがカップケーキ屋を開業するため資金集めに奮闘する様子をコミカルに表現している。今やネットでは英語版でしか観ることができないのは残念である。
ある週末の一日、彼はANDROID TV BOXでインターネット競馬を観戦していた。その傍らにはノートPCが設えていてJRAの競馬データ・ベースソフトのTARGET FRONTIER JVがフル稼働している。
しかしながら安本は滅多におカネは賭けない。JRAのデータ・ラボ会員なのにである。しかもJRA VAN NEXTにも加入している。彼には独自の攻略法がある。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとは言うが鉄砲の弾の値段が高ければ当たらない弾をむやみに撃つのはおカネの無駄遣いという訳でもないが、あんまり意味がない。
彼が目を付けたのが単偏差というデータに基づいた数値である。単偏差とは単勝シェアの標準偏差のことでこの値が高ければ高いほど固いレースだといえる。
TARGET FRONTIER JVで馬券シミュレーションを幾度か試した結果3連系一点買いが買い時である、かつ単偏差18以上25未満、かつ単勝一番人気が1.1~1.4の条件が揃ったときに1〜3番人気を一点買いすれば過去のデータをシミュレーションした結果から回収率が100%を軽く超えることがわかった。
ただチャンスが年に数度しかないが買い目の出現率の三回に一回は当たることになる。つまり滅多にない固いレースだけを選んで買い、しかも買い目は3連系単勝1,2,3番人気1点買いに絞る。多点買いはしない。しかしそうすると確かに回収率100%以上の利益は期待出来るが競馬を楽しむ機会が大幅に減少するので、その意味では得策ではない。安本にとって競馬はギャンブルですらなくあくまで趣味活動の一環である。競馬とは儲かるものではないとしながら儲けようと試行錯誤するところに意義があるというのが持論である。
世間一般大衆が映画を見たり温泉旅行に行ったりドライブを楽しんだりするのと同様で計画を立て予算を決めてその予算内で楽しんでいるのでギャンブル依存症になることはない。月々三〇〇〇円弱の予算内でしかもインターネット競馬を嗜む程度なので交通費も掛からず自室でゴロゴロしながらパソコンをいじって妄想しているだけである。その上おカネは賭けずにサブスクリプションに加入して観戦しているだけなのでサブスクリプション代のみで費用は月三〇〇〇円弱。
全く儲かりもせず損もしない。インドア派の丹にとってあらゆるスポーツがインターネットの動画で視聴可能なので競馬にこだわる理由は全く見当たらない。
公営ギャンブルならば競馬のほかにも競輪、競艇、オートレースなどインターネットで参加可能であるし公営ギャンブル以外に範囲を広げるとスポーツでは大相撲、プロ野球、プロゴルフ、サッカー、カーレース。
観ているだけならどれもそれほど変わり映えしない
なぜ今、競馬なのかというと理由はJRA DATA Lab 若しくは地方競馬DATAというサブスクリプションサービスがあって本格的なデータベースが開示されているのは競馬だけだと安本が認識しているからである。
Googleで検索するとプロ野球にもWEB上のデータベースは存在する。その名も野球DB。月三〇〇円ならと安本も強い関心を示した。ただ競馬の場合と違いTARGET FRONTIER JVのようなデータ・ベースマネージメントソフトやJRA VAN NEXTのような独自のシェアウェアのブラウザが存在しなくて通常のWEBブラウザで閲覧できるだけで課金しても選手名鑑の域を出ないようだ。プロ野球でも競馬同様なサービスは提供可能だろう。ただし、そうなるとシステムサービス利用料が競馬以上に高額になるため元々がギャンブルで成立する競馬程、加入者数は期待できないだろう。だからシステム費用を抑え、かつ、こじんまりとしたWEBデータベースに限定して月額三〇〇円のサブスクリプションで運営しているのだろう。このサービスはまだ始まったばかりだがプロ野球関係者各位をはじめジャーナリストやメディア関係者にとっては待望のサービスだろうし熱狂的なファン、特に若年層やZ世代からも今後絶大に支持され続けることが期待できる。
だがしかしパソコンのデータベースをフルに生かせるのは今のところ競馬だけだから彼はインターネット競馬に醍醐味を感じるのである。

 

 

 

コードネーム=アイキンマン 本名・合気道倫
自ら競馬ソフト『馬ゴーンZ』を開発しそのソフトを利用して三年間で十数億円荒稼ぎをしていたが所得税を申告していなかったためS台国税局に摘発されて脱税容疑で書類送検され追徴課税、十数億円を課税されたがその内、外れ馬券約八億は必要経費に当たると主張して訴訟を起こし二〇II年最高裁判決で勝訴した。世にいう馬券裁判である。

 

 

 

コードネーム=クニえもん 本名・友田邦衛門
往年の俳優・田中邦衛と二十二世紀から来た猫型ロボットを融合して誕生した改造人間である半分昭和生まれで残りの半分は未来のロボット
長男であるにも関わらず理事長になれなかったのは、なんでも半分ロボットだからという理由だけだからだそうである。半分ロボットなだけに『スゴウマ半分ロボット』という競馬ソフトを開発して競馬で相当儲けている時期もあったらしいが最近は半分しか当たらなくなったと周囲にボヤいている。

 

 

 

コードネーム=フミえもん 本名・友田文衛門
名前の由来の踏み絵から推察できるように敬虔なクリスチャンなのでギャンブル類は一切しない。病院の理事長という要職に就いているので日々、資金繰りに東奔西走。年中忙しい。競馬といえば子供のころにテレビで観た『巨泉のクイズ・ダービー』で竹下景子さんに三〇〇〇点というクイズ番組だとばかり思い込んでいるようだ。

 

 

 

コードネーム=嶋田三郎 本名・阿武三郎
競走馬を多数生産している笈「武商事の代表で演歌歌手もやっているとか。
馬主の元締めなので相当儲かっていると思うのだが?

 

 

 

安本丹は『馬ゴーンZ』を資料で使わせてもらっているがアイキンマンが言うには月額13200円で契約してカード決済にすれば予想タイム指数を提供しますみたいなことを仄めかしていた。
とりあえず無料で使おうと思ったら過去一八〇日間の予想タイム指数およびタイム指数が利用できないとのことでしかもデフォルト得点を利用した推奨馬券が表示されないので過去一八〇日前のレースのシミュレーション専用に使うか課金するかのいずれか選択するしかない。
シミュレーションで使うために過去データを読み込んでざっと一年間のソフトによる予想結果を見たのだが当たるか当たらないか何とも言えません。とりあえず保留。

 

 

 

そうこうしているうちに部屋の電話が鳴った
「安本丹さんですか?いつも大変お世話になっています『〇△薬局』のハヤカワと申します。今回お電話を差し上げましたのはカメムシ大量虐殺の件でございまして誠に申し上げにくいのですがのですがたった今、警察の方から当店のお客様すべてにと言伝がありまして代読させていただきます。
―――――新しく成虫になったカメムシは気温が下がってくると春になるまでは越冬して、温かくなると繁殖活動をし、繁殖活動が終わると寿命を迎えます。 そのためカメムシの一生は長くて1年半ぐらいと考えられています。ですのでカメムシ大量虐殺の件は自然死であり刑事事件ではないと警察は断定、捜査本部は直ちに解散致しました。被疑者の方々には大変ご迷惑とご心配をお掛けした事を深くお詫び申し上げます。独立行政法人国立警察機構秘密警察長官兼警察庁公安委員長 合気道倫。――――― では安本さんお大事になさって下さい」
電話の声はエラリーさんだった。
アイキンマンが秘密警察?しかもトップだったとは!こんな無茶苦茶な終わり方があっていいのか。
警察のトップが元ギャンブルで大儲けをしてしかも脱税して摘発された挙句、馬券裁判で勝訴して未曾有の大量虐殺は刑事事件ではないと警察が認めた。今までの話は一体何だったんだ。この小説の著者は余程幼稚でIQが低いに違いない。小学生低学年レベルより酷い。著者は今後すべての予定をキャンセルして暫く自宅療養を行って英知を養う必要がある。

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